(終章)刑事は帰って行った。 身柄を拘束することもなく、タカヤも呆気にとられたほどだ。 明日自首しなさいと言った。 「同情すべき点が多々ある。実刑はまずないと思うよ」 と刑事は言った。 「今夜はいい月だ」 がらっと庭に面した戸を開けながらまたあののんびりした口調で言う。 どういう立場のひとなのかよくわからないが、署の人間はもうここには来ない、 その代わりわたしとの約束は守ってくれといった。 ふたりは「守る」と言った。 ★ 開け放した庭から春の夜の風が吹く。 ふたりは縁側に座って、青い月を見上げた。 「行きたかったな、北海道」 テツトはぽつりと言った。 「行けるさ」 タカヤは答える。 「野球やめるの?」 テツトはいきなりきいた。 そんなことを話したのはもうずっとずっと昔のような気がした。 「やめるのをやめるよ」 タカヤは答えた。冗談のような答えだが本気だった。 テツトと最初は遊び半分でやったキャッチボールで自分はほんとに投げるのが、 野球が好きなのだとわかったのだ。 「手術受ける」 「そう」 「オマエどうするんだ、将来」 「将来?そんなの考えたことない」 「考えろよ」 「強引だなぁ」 テツトは少し笑った。 「そうだな、アパート借りて、バイトしながら自分のやりたいことみつける」 「住所教えてくれよ」 「うん」 「きっとだぞ」 「うん」 「また会えるよな」 「うん」 「うん、ばっかりじゃなくて他のこと言え~!」 と言いながらタカヤはふざけてテツトを羽交い締めにした。 「なにすんだよ~~苦しいじゃないか~!」 テツトが反対にやり返す。 ふたりはそのまま倒れこんだ。 お互いの顔にかかる白い息が、風がまだ冷たいことを教えていた。 不意の沈黙・・瞳の中に相手の顔が写っている。 それがだんだん近づいてくる。 二人とも少しとまどいながらも、体は離れない。 テツトは目を閉じた。 「きっと月の光のせいだよね」 「春の風のせいさ」 そう言いながらふたりはお互いに初めての感触を受け入れた。 ★ テツトは翌朝一番に警察にいき、タカヤはそれと反対方向の自宅を目指した。 別れの挨拶はしなかった。 だってこれは別れじゃない。出会いなんだから、スタートなんだ。 「それじゃ」と背を向け合おうとしたとき、 空から白い雪のようなものが降ってきた。 だがそれは雪ではなかった。 さくらの花びらだ。 まだそんな時期ではないのに、それでも確かに数枚のはなびらが、ふたりの肩に 落ちてきた。 まるでふたりの新しい旅立ちを飾るかのように。。。。 The end NEWVELに投票 ジャンル別一覧
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